旅で出会った不思議なこと、おもしろい事件、悲しいこと等など・・・つれづれなるままに、書き綴り候・・・。

真冬の怪談(?)・スリッパの怪

久しぶりに温泉へ出掛けようということになった。人がごちゃごちゃといて、都会となんら変わりのない有名温泉街などまっぴらごめんと、ひなびた一軒宿を探した。気に掛かった一軒に電話をかけて、予約をとった。予約は明後日だというのに、連休前の平日というせいか、すんなり「OK」の返事。あさっては、お・ん・せ・ん だぁー。

車はどんどんと山を登っていく。時折、耳がツーンとなったりするから、結構標高が高いのだろう。街道沿いの角に、木製の看板が見えた。ここからさらに入ったところに、予約した一軒宿の温泉があるはずだ。

細い一本道を入って、わりとすぐに風情のある建物が見えた。あれが目指す温泉宿だ。この一軒宿は、創業200年という老舗で、古くから湯治場として地元の人などには知られていたが、大きな温泉宿に押されて、目立った宣伝もしていないため本当に秘湯といった感じが漂っている。建物は、一度建て直し、その後も手入れを繰り返して現在でも昔の風情を残しながら、快適に近代化されていて、とても心地よい。泊まり客も少なく、私達と、隣の部屋にどうやらひとりで泊まっているらしい中年男性のみらしい。

私達一行4名は、まずドライブの疲れを癒そうと、夕食前にひと風呂浴びに出掛けた。くみ上げではなく、自然に湧き出ている温泉だということで、本当に体に効きそうだ。風呂は貸し切り状態で、これぞこの世の極楽・・・。

その後夕食を食べ、部屋に戻って雑談を交わし、就寝したのはおそらく12時半頃だったと思う。就寝前に用を足そうとトイレに立った。トイレは廊下を数m歩いた先にあり、ひとりで行くのはちょっとイヤだったので、声をかけて3人でトイレに向かった。

トイレの個室は2つ。3人一緒というわけにはいかないので、まず2人が入り、ひとりが待つことになる。トイレ用のスリッパは3つ。緑色の“うさちゃん”のが2つ。ピンク色の“うさちゃん”のがひとつ。先の2人が緑色の“うさちゃん”のを履いて個室に入った。残ったひとりは、当然残りのピンク色の“うさちゃん”を履いて待つ。

先に出た一人が「先にいってるねー。」と部屋へ戻った。もちろんその後に、空いた個室に入り、用を足し、待っていてくれたもう一人と部屋へ帰る。
「あれー。スリッパ履いてっちゃったのかなー?」
先に戻った者が履いていたはずの緑色の“うさちゃん”スリッパがなかった。

部屋への扉をあけて、並んでいるスリッパを見る。スリッパは2つ。どちらも館内用のエンジ色のスリッパだった。
「スリッパどうしたの?」
「スリッパ?なんのこと?」
「トイレの緑色の“うさちゃん”スリッパ、なくなったよー。」
「やだぁ。変なこといってないで、もう寝ようよ。」
こうしてさして気にもせず、私達は床に就いたのだった。

明け方4時少し前、一人がトイレに起きた。やはり一人で行くのはイヤなので、無理やりもう一人起こし、2人でトイレに向かった。
昔ながらの造りでガラス入りの引き戸になっているトイレの扉をガラガラッと開ける。

やはりスリッパは2つしかない。寝る前に3人で来た時、後から出た2人が脱いだ緑とピンクがひとつづつ、脱いできた通りに並べてある。
「やっぱり私達が脱いだヤツしかないねー。」
トイレの引き戸を開けたまま、個室に入った。奥のひとりはその個室のドアも開けっ放しだった(らしい)。

奥のひとりが個室から先に出てきた。
「あー。あるー。スリッパぁー。」
もう一人も出てきて2人で確認した。確かに、入った時には2つしかなかったはずのスリッパが、まだ2人とも履いているというのに、もうひとつちゃーんと並べて置いてあるではないか。トイレの扉は開けたまま、奥の一名は個室のドアもあけたままで、誰も入ってきた様子はもちろんない。
それなのに、就寝前に3人で来た時、先に帰った一人が履いていたはずで、どこかへ消えてしまった“緑色のうさちゃん”のスリッパが、今は何事もなかったかのように、キチンと揃えて置いてある。

“緑色のうさちゃん”のスリッパは、一体どこへ行っていたのだろうか?

旅日記